日本の皆さんへ


日本芸術振興協会名誉芸術顧問

ボローニャ歌劇場総裁
元:ローマ歌劇場総裁
ジェノヴァ歌劇場総裁
フィレンツェ歌劇場総裁
アレーナ・ディ・ヴェローナ総裁
ミラノ・スカラ座事務総長


 私はこれまでの人生をオペラに捧げてきました。今日でも、歌劇場の経営論理において、また興業に関する法律の指導的立場から、様々なプロジェクトに関わっています。

 イタリアオペラは歴史上、1598年にフィレンツェで生まれたものに端を発し、ヨーロッパで、そして世界中で上演されるようになりました。この“文化遺産”は、作曲家や声楽家、演奏家と呼ばれるスペシャリストによって創られたものです。彼ら音楽家は、何物にも代えがたい価値ある芸術に活力を与え、聴衆に捧げ、また経済レベルにおいても少なからずの影響力を与えてきました。
 歌劇場では音楽の美しさが語られ、幾多の音色がこだまし、それらは私達に音楽愛を感じさせると共に、豊かな人生への扉を開いてくれます。

 これらは日本でも同じことで、オペラは既に音楽教育レベルの高い日本の聴衆の関心を常に惹きつけています。また、多くの劇場が若い才能や著名な芸術家に対して、沢山の活躍の場を提供したことを考えると、日本でオペラは、新しい“ミューズ”(音楽の神)のように迎えられた、と言えるでしょう。
 私は“舞台芸術”の分野で活動を繰り広げている方々はもちろん、教育機関で学ぶ日本の皆さんとのコラボレーションを今後も継続してかなくてはならないと感じています。
 日本で音楽学校を卒業してイタリア音楽を学んだ方達が、芸術家となる夢に専念するだけでなく、新たな時代の中で、華やかな舞台芸術の世界に貢献していこうと感じてくれていることを、私が信じています。

 現在、政界経済は大変厳しい状態ですが、私達は、“社会の危機的状況には文化が必要である”ということを忘れてはならないでしょう。
 私はオペラが人類の文化遺産であり、普遍的なアイデンティティーであると確信しています。

                                       
2010年4月





日本人の声楽家にとって大切なこと




日本芸術振興協会芸術顧問

カターニア歌劇場芸術顧問
プラハ国立歌劇場芸術顧問
ラトビア国立歌劇場芸術顧問
 日本人の声楽家にとって大切なことは、歌唱に必要な呼吸法の秘訣を習得することであると私は考えている。
 この呼吸法とは、ここ約400年の間カッチーニからプッチーニにいたる作曲家の作品を通して、イタリアの歌唱法の中で発展していったものです。この呼吸法を習得することができれば、レガートで歌うことや、最高音から最低音までのあらゆる声域を同じ声で歌うこともできるでしょう。まだ呼吸法が正しければ、発声法、表現、そして演奏スタイルでさえも同様に、自然にそして正確になるでしょう。
“歌唱の命は呼吸法だ”ということを是非教えて欲しい。

                                                     2010年4月





日本のみなさんへ




日本芸術振興協会芸術顧問

ラトビア国立歌劇場総支配人

演出家
 日本の皆さんと芸術を通じて、両国の間における文化交流や友好関係を築き、そして維持してゆけることを大変うれしく思います。
 ラトビアと日本はお互いに遠く離れ、異なる歴史を持っていますが、自国に受け継がれてきた伝統と文化に強い愛着を持つと同時に、双方の文化の崇高な価値に尊敬の念を抱き合っているという思いは共通しています。

 2010年春のラトビア国立歌劇場の蝶々夫人の公演に、朝倉美和と寺田宗永という二人の若き前途有望な日本人歌手を迎えて新たな音楽的経験を実現できたことは、私たちにとって非常に喜ばしいことでした。これは、彼ら招聘アーティストにとってのみならず、ラトビアと日本のオペラ界にとっても、重要な文化交流の第一歩であると私たちは心から信じています。
 このような極めて大きな意味のある懸け橋を築いていく道を拓いて下さった、東京とリガにある両国の大使館、特命全権大使の長内敬大使と、ペーテリス・ヴァイヴァルス大使、そして日本芸術振興協会に感謝申し上げます。
 ラトビア国立歌劇場がアジアを訪れるたびに胸が高鳴ります。もてなしの心あふれるアジアの街々の雰囲気と、教養高く洗練された聴衆の前で上演できる機会に恵まれたことを大変にうれしく思っています。

 現代の歌劇場として、私たちは過去の実績を振り返るばかりでなく、未来を見据えています。そしてそれが、私たちが若い歌手たちを、とりわけ演じるということにおいて、オペラという芸術を通じて育てていくことに貢献したいと考えている理由なのです。リガは常に才能ある音楽家を歓迎します。そして、私たちの最高に美しい声で、世界中の聴衆に驚きと喜びを与え続けていきたいと望んでいます。


                                                2010年8月
 


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